2018/02/01
組織
「会長になって暇になりました?」。このように声をかけられることが多くなった。昨年の 9月に社長を退任したので、時間に余裕ができたのではないかと皆さんは想像されているらしい。
かくいう私も実はそのように思っていた。しかし、現実はなかなかそうさせてくれない。「そうさせてくれない」というのは、たくさんの仕事を会社から押し付けられているという話では決してない(社長の名誉のために)。
零細企業のオーナー社長として、仕事とプライベートの境界線がない環境で長年生きていると、体に染みついた習慣から抜け出すのはとても骨の折れる作業なのだ。例えば、見知らぬ人から「会いませんか」と言われると、過去それによって得られた数少ない成功体験や、持って生まれた旺盛な好奇心から、どうしても時間を費やしてしまう。
書店に行けば、ビジネス書のコーナーに真っ先に足が向いてしまう。先日も興味があった「西洋美術史」なる本を買ってはみたが、一緒に購入したビジネス書のほうを先に読了してしまった。そんな日々を送っているわけだが、会社の現在のフェーズやわたし自身の立ち位置の中で、最近とても気にかけていることがあるので、今回はその話題としたい(というわけで事業の話です)。
事業の分類の仕方はいくつもあるのだろうが、以下のような分類の仕方があると思う。
① すでに顕在化したニーズに対して商品やサービスを提供する事業
② 顕在化されてはいないが、潜在的に存在する需要があると考え、将来顕在化されるとの予測のもとに進める事業
前者はすでに、需要は顕在化しているのだから精度はさておき先行きの予測が可能だ。よって計画を立てて上手くいったら万々歳、そうでなければ改善を加え、それでもだめなら撤退する。例えば、ラーメン屋を新規開店する、葬儀会館をオープンさせるというのなら、ラーメンを食べたい人、亡くなる人は必ずいるわけだから需要はある。あとは収益を上げられるか、勝てるかという問題だ。
いっぽう、後者の場合は話が少し違う。そもそも購買体験をしたユーザーはほとんどいないわけだから「あなた、こんなもの欲しくありませんか」と問いかけ「う~ん、それよさそうね!」と思ってもらうところから始めなくてはならない。そんな性質の事業は年次の予算に数字を織り込みにくいし、需要の立ち上がりをコントロールすることは難しい面がある。
こちらの事例として想起するのは日本 M&Aセンターという東証一部上場、売上高200 億円、営業利益 90 億円、時価総額 5,000 億円の超優良企業である。その名の通りM&A(企業買収)の仲介事業を営む尊敬すべき会社だ。同社のことは1990 年代から知っていた。「ああ、こういう事業は伸びるだろうな」などと日経新聞の広告(全国の会計事務所に向けたもの)を見ながらポケーと考えていた。
事業はざっくり以下のようなものだ。日本経済が成長期から成熟期に移行することや、産業構造の変化(サービス化)、あるいは少子化や都市化が進んでいけば、後継者がいない中小・零細企業は増え、企業を売却したい、せざるを得ない人たちは増えるはずだという着眼がまずある。この仮説が正しいとすれば、そんな人たちを探し出すにはどうしたら良いかと考える。それにはオーナー経営者とリアルな接点を持っている会社や個人~例えば地方銀行、税理士、会計事務所、商工会議所など~と、ネットワークを作り情報を得ることだ、と。こんな手順で事業を展開した結果、徐々に時代が同社の着眼に追いついていくことで、業績は飛躍的に発展した。
まさに後者の「未だ顕在化されてはいないが、潜在的に存在する需要があると考え、将来顕在化されるだろうとの予測のもとに進める」事業そのものである。このタイプの事業は、なかなか計画通りに進めにくいという欠点はあるが、いったん需要が顕在化すれば爆発的に成長するし、競合がほとんどない状態で事業を進めることができる。仮に競合が後から参入しても、事業ネットワークなど先行者のメリットがある。何より、こうなると思い込んで、苦しみもがきながらやってきた事業だから、学びと思いの質量が「儲かりそうだ」などと思って後から参入してきた連中とは全く違う。
さて、会社が新たな事業に取り組む際には①と②を分けて考える必要性がある。①は経営資源を投入して上手くいかなければ、撤退するなどの手を打たなくてはいけない。しかし②の場合は、そもそも顕在化していないニーズに対するチャレンジだから、いつブレイクするかは分からない。だから、何より続けていくことが大切なのだ。
そして成功するまで粘って、粘って、粘ることが必要だ。もちろん、限りある経営資源を無駄にすることはできないから、状況に応じて戦線を縮小するなどの対策は必要であろう。しかし、上手くいかないからといってやめては、需要が顕在化し成長フェーズに入ったときに指をくわえて見ていなくてはならないことになる。前述の超優良企業のように、時代が追いついたときに得られるリターンはとてつもなく大きいのだ。
わたしたちの会社でも現在主力となっているインターネットによる情報サービスも、立ち上げた当初は、そんなニーズを認識しているユーザーもいなければ、事業パートナーもいなかった。したがって立ち上がるまでに相当の時間が掛かった。そしてその間、粘って続けていくためのコストは出版事業の収益によって賄われた。
そのように考えると、②のタイプのビジネスだけで会社が成長して行くのは理想ではある。しかし、それでは先が読めないので、①のタイプとのバランスも必要ではあろう。わたしたちの会社の経営メンバーは、そのことは十分に理解しているので問題ないと思っているが、多くの会社では、2つの異なるタイプのビジネスを峻別せず、将来性のあるビジネスを短期的に上手くいかないからといって止めてしまうケースがたくさんあるように感じる。
とてもシンプルな話なのにどうしてなのだろうと思ってしまう。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長 清水祐孝