2022/10/01
ビジネス
日本を代表する経営者、稲盛和夫さんが亡くなった。自ら創業した京セラを世界的企業に成長させただけではなく、わが国の通信の自由化の先頭に立ち今日のKDDIの礎を築いたり、破綻した日本航空の再生を成し遂げたりと、その功績は誰もが認めるところだろう。もっとも、稲盛さんの功績は経営者としてだけのものではない。教育者として、ビジネスマンを中心に広く人々に影響を与え、学びの機会を惜しみなく提供したことにもあるのだと思う。
わたしも、たびたび彼の講演を聞き、たくさんの著書に触れ、4色ボールペンで無数の線を引いたクチだ。若いころは道徳を強調されてもピンとこなかったけれど、言っていることは今ではよくわかる(実践はさておき)し、同感する部分がほとんどである。盛和塾こそ入らなかったけど、京セラの子会社に出向いてアメーバ経営についての講座を受けたこともあった。当初はアメーバ経営を導入できるといいな、なんて思っていたけれど、大切なことは「可能な限り多くの社員に経営者意識を持って働いてもらうこと」であって、アメーバ経営はそのための方法論のひとつに過ぎないことだと気が付いたことを思い出す。アメーバ経営それ自体を礼賛するものではなく、自分たちの組織に合った方法論を考えろってことだと合点した。こんなふうに稲盛さんには勉強させていただいたとつくづく思う。そのようなわけだから、訃報に接したとき「ありがとうございました」という心持ちに素直になれた。
最後に彼の著書から得た気づきについて本稿で以前に書いたものを再掲したい。
稲盛和夫さんは、わが国を代表する経営者としてつとに有名な人である。おそらく彼は60年以上にわたって、経営はどうあるべきか、人はどう生きるべきか、についてだれよりも深く考え続けてきた人物だと言ってもおそらく文句は出ないだろう。そんな人物が、長年にわたって一所懸命に考えてきたことから得られた重要な教訓を例えば二百数十頁の書物に纏めてくれている。
たとえば彼の「生き方–人間として大切なこと」という作品は書店で2000円足らずで売られている。この2000円という価格は、出版社が著者に払う印税をはじめ、印刷や製本、物流等のコスト、問屋や書店のマージンを積み上げた上で、どれぐらいの冊数が売れるかを勘案して決められている。売り手が決定する価格はおおよそそのようにして決まるのだが、一方で(買い手が感じる)価値は全く異なる。この著作のメッセージを真摯に受け止め、自らの仕事や日々の生き方にその考えを生かそうとする人からすれば、数百万円、あるいは数千万円の価値があると考えるのではないだろうか。わたしはそのように思うわけだが、数千万円は大げさ過ぎると言われるかも知れないので、ケタを少し下げよう。仮に少なく見積もって、この本によって読者が20万円の価値を得ることができたとしよう(それくらいの納得感はあるでしょ)。
売り手のつけた価格=2,000円
買い手の得られた価値=200,000円
このように考えると、「生き方–人間として大切なこと」は、ここから真剣に学びを得ようと考えている人にとっては99%ディスカウントで売られていることになる。これはバーゲンセールで特別につけられた価格ではない、常にこの価格で買うことができるのである。
価格は売り手がつけたもので、これが買い手の考える価値とイコールあるいは、価格が下回った場合に買い手はその物やサービスを購入する。バーゲンセールとは価格を価値と見合った水準まで下げることで購買を促進させる企業行動である。そのように考えると、書物というものは、買い手の学ぶ姿勢次第で常にスーパーバーゲンセールが行われている世界なのだ。
経営者、芸術家、プロスポーツ選手などなど、一つの道を長年にわたって探求し続け、一流の域に達した人は、どうやら学び得たことを伝える役目があるようで、多くのプロフェッショナルが著作や講演等を通して、そのエッセンスをわたしたちに伝授してくれる。わたしたちが人生の中でさまざまな領域を極める経験ができるのであれば、他人様からの学びは必要ないのかもしれないが、わたしたちに与えられた時間には限りがあり、いくつもの分野で一流になることは難しい。そんな中で、実体験を積み重ねた人が得られた学びを共有してくれる。この学び自体、人生にとって有益なものだと思うし、また他人様からの学びは自らの専門領域と重ね合わせることで、新たな気付きを生むことにもなる。
他人様から学ぶことで、自らの人生を充実したものに近づける機会があるというのに、それを活用しないのは、もったいないことだと思うのだ。(2018年3月の本稿より)
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝