2012/07/01
組織
ひと月ほど前、筆者の自宅のすぐ近くにスーパーマーケットのマルエツが小型の店舗を出店した。小型といっても一般的なコンビニの倍ぐらいの大きさはあるだろう。前を通るたびに外からのぞいてみるのだが、いつも買い物客で賑わっているように見える。
さて、そのマルエツからわずか30mぐらい行ったところには、生活彩花というコンビニが以前からある。この店はコンビニではあるのだが、近隣にスーパーがなかったこともあり、野菜や肉などの生鮮食料品も少量取り扱っていた。近所に住む知人の話によると、マルエツの出店のおかげで生鮮食料品の選択肢が増え、生活彩花にはほとんど行かなくなったという。ということは、周辺の住民たちもきっと同じような行動パターンをとっているのだろう。同様に5、6分歩いたところにも、ココスナカムラなる小さなスーパーがあるのだが、この店も多少の影響が出ているのだろうと想像している。
限定的なひとつの市場に、新たな供給者が現れたことによって、既存のプレーヤーに大きな影響を及ぼすという事例である。
さて、マルエツはどうしてこの地に新たに出店を行ったのだろう。おそらく、生活彩花やココスナカムラが 憎くて仕方がない、何とかしてやっつけたいと思ったわけではないはずだ。そうではなく、そのエリアの需要から見込まれるであろう収益と、掛かるコストを勘案した上で、採算が取れると踏んで出店したのだろう。
このように企業は生き残りを賭けて、常に競争を行っている。「マルエツは何もほかの店のあるエリアに出店して、市場を荒らさなくてもいいじゃないか」と思った人はナンセンスである。なぜなら、マルエツだってどこかのエリアでは、逆の立場にさらされているからだ。小売業は生き延びるために、必死に新しい地を求め、そして別の場所では追い出されている。そして、このことはすべての企業に当ては まることだ。ここでは「店舗」を引き合いに出したが、例えば「商品」だって同様で、企業には売れ筋商品がある一方で、衰退商品もあるわけで、新しい商品を世に問う一方で、売れなくなった商品がこっそり廃番になったりしている。
現状維持なんてことは企業にはあり得ない。競争に勝ったり負けたり した集積がプラスマイナスゼロで、現状維持に見えることもあるだろうし、マーケットが拡大しているにも関わらず、シェアが下がって現状維持に見える時もあ る。しかし、最初から現状維持を志向するなどということは、企業としてはあり得ないことである。よそが競争を行っている中で自分たちだけ現状維持を志向するということは、すなわち衰退を意味するのだから。
企業は、のんびりとこれまでと同じことをしながら(同じ店舗で、同じ商品で、同じ市場 で、同じ人材で…)何十年も生きていかれれば良いのだが、上述のような厳しい生存競争の下で、それは市場や競合企業が許してくれない。生き残りを賭けた競争に打ち勝ち、ステークホルダー(=利害を共にする人たち。主に従業員や株主など)の最大幸福の実現を図っていかなくてはならない。ちなみに最大幸福とは、文字通り全体の総和が最大になるという意味で、ステークホルダーのすべてが幸福になるという意味ではない。
経営者は、ステークホルダーの最大幸福という企業の目的の実現という役割を担う、メンバーの中での最高責任者である。市場が変化し、競合企業が競争を仕掛けてくる中でどうすればステークホルダーの最大幸福に近づいていくことができるかを考え、最善と考える手を打っていく。
競争に打ち勝つことが目的ではなく、最大幸福が目的だと思う。最大幸福を実現するために、そこに近づくために競争に打ち勝つことが経営者に求められている。 付け加えるならば、競争に打ち勝つためには、組織をプロフェッショナルの集団にしなくてはならない。
これは先日、日本代表のサッカーの試合を見ていて思ったこと。日本代表のザッケローニ監督は、勝利という目的のために最も適した選手を選ぶ。当たり前のことだが、過去の功労者だとか、仲が良いからといった理由で選ばれる選手は全くいない。いくら功労者であっても、中村俊輔選手は日本代表チームには呼ばれない、目的が達成できないからだ。彼らは勝利という明確な目的を共有していて、そのために集まったプロフェッショナルだ。
このようにスポーツの世界は目的がきわめて明確だから、組織をプロフェッショナルの集団にすることはそれほど難しくない。ところが企業の場合、そもそもの目的が共有されておらず、また人それぞれ異なっていたりするから、目的が達成されにくくなる。ステークホルダーというと範囲をどこまで考えるのかということになり話が分か りにくくなってしまうが、大ざっぱに言えば零細企業ではオーナーと従業員の最大幸福が目的で、そのための手段として競争に打ち勝つという命題があると考えている。だから経営者は「競争に打ち勝とう」とだけ声高に叫ぶのではなく、そのことがどんなかたちで従業員の幸福につながるのかを説き、理解してもらわな くてはならない。
そして、そのことを理解し実現に導けるプロフェッショナルな人材を、しがらみを排して登用していく。これをきちんとやっている経営者が名経営者と呼ばれるわけだ。
株式会社鎌倉新書
代表取締役 清水祐孝