会長コラム“展望”

今日の収益、未来の収益

2021/12/01

ビジネス

今日の収益、未来の収益

私たちの会社ではいわゆる「終活」に関するさまざまな情報やサービスの提供しているのだが、そのひとつに「いい生前契約」(わたしの死後手続き)というネーミングのものがある。これは年々増加する高齢の単身世帯の方々の将来に対する不安に応えようと始めたサービスである。大した露出もしていないし、広告費を一円も使っていないにも関わらす毎日のように問い合わせがくる。高齢社会が進展中のわが国の社会の中で、高齢の単身者はすでに300万人を超えているのだが、今後も増加の一途となることが確実視されている。自分の身にもしものことがあったときに、そのことを誰が知り、火葬やお葬式を執り行い、遺骨をどこに葬ってくれ、またその後のさまざまな事務手続き等を誰が行ってくれるのだろう、という不安を抱えながら生きている人たちは数多くいる。こうした不安を感じている方からの声が数多く寄せられる中で、「終活インフラ」を標榜する私たちの会社としては何らかのお手伝いをするべきではないかと考え取り組んでいる。


しかしながら、これを事業として行っていくことは実に難易度が高いことを、私たちは取り組みの中で知ることとなった。例えば、サービスの対価をどのタイミングで受領したら良いのだろうかということがある。サービスも提供していないのにお金だけ先にいただくわけにはいかないいっぽうで、サービスを提供したタイミングでは購入者が亡くなっているわけだから受領ができない。またサービスが必要になるタイミング(購入者の死亡時)を確実に知らなきゃならないわけだが、本人からの連絡を待つわけにはいかない。では、そのためにどのような方策が取れるのだろうか、といったことも大きな課題のひとつだ。さらには、こうしたことは法律家等の専門家の手助けも必要になるわけだが、難しさや面倒の割には実入りも大きいわけではないので、こうしたことに彼らは総じて及び腰だ。


このような多くの難題の前に、サービスの責任者は事業として行っていくことの難しさを私たちの会社のマネジメントに訴えることになる。もちろんこの責任者が能力に欠けているわけではない。確かにさまざまな課題を克服し、適正に事業を行い、最終的に採算を合わせていこうと思えば、そのハードルの高さに怯むのは誰だってそうだろう。でも収益の確保ではなくミッションの実現が企業としての目的とすれば、ここでの判断は企業としての重要な分岐点となる。


この取り組みで絶対に見落としていけない点は、このことが大きな社会課題であるという点だ。高齢の単身世帯が今後も増加していくわが国において、ニーズは年々拡大する。そういった人々の課題に向き合い、適切な情報やサービスを提供することで、不安を取り除くお手伝いを行っていくことが私たちの最重要なミッションであると謳っているのだから、たいへんで儲からないといった理由で取り組みを放棄するようでは「終活インフラ」なんて偉そうなことをいう資格などないのだ。そんなわけで、責任者のお尻を叩きつつ、この難易度の高い取り組みに汗を流してもらっている。


さて、ここまでの話だと、私は単純に「ミッションだから儲からないけれどやってくれ」と責任者にお願いをしているようだが、実はそうは思っていない。確かに短期的には赤字かも知れないが、中長期的には十分に採算のとれる事業となるだろうと思っている。以下がその理由だ。


この事業にはさまざまな難しさがあるいっぽうでニーズはかなり大きい。ニーズさえあれば、難しさは知恵を絞りつづければ克服できるだろうという楽観的な考え方が肝心だということを過去の経験から知っている。今日のテクノロジーが事業の難しさを一定部分克服してくれるかも知れないし、法的にハードルがあるのなら法律を変えてもらえばいいじゃないかなんて言っている。何より、社員が知恵を絞り続けることによって既成の思考の枠組みを取っ払う経験を強いられること自体にだって意味がある。そして、最終的にはこのサービスだけで採算が取れなければ、売上の代わりにユーザーの共感を得られればそれでよしと考えていて、共感は別の終活シーンで必要になりそうなサービスを購入につながるだろうと踏んでいる。


煎じ詰めれば社会課題の解決への取り組みは、イコール社会からの共感であり、社会からの共感は、未来の売上や利益に他ならない、それがSDGsやESGが叫ばれる今日の企業の思考に組み込まれるべきではないのだろうか、そんなことを考えている。もちろん共感を得ることが目的ではないのだけれど。


こんな発想を日々の数字を追っている事業の責任者に強いるのは酷な話だが、マネジメントは中長期的な視点で、いまは見えない将来の売り上げや利益についての意識が大切だと思う。こんな発想になれる理由は私が有能だからではなくオーナーだからであり、今期や来期といった目先の成績を問われる組織でのサラリーマン経営者では、こんな事業への投資はやめておきましょうということになるのだろう。


株式会社鎌倉新書

代表取締役会長CEO 清水祐孝