会長コラム“展望”

人と組織なのだろうな

2021/11/01

組織

人と組織なのだろうな

鎌倉新書は私が入社した1990年ごろは社名が表す通り、100パーセント出版社だった。商品(出版物)を制作し見込みで生産、倉庫に在庫し、注文に応じてそれらを出荷するというビジネスだ。時が流れて21世紀になり、ネット社会の到来とそれによる目まぐるしい変化に対応しようともがいていると、出版よりもインターネットによる情報サービスの売り上げに占める割合が年々増えてくるようになった。そんなさなかのある日、会社のPL(損益計算書)をながめていると、費用の項目のうち、人件費の割合がどんどん増えていき、いっぽうで印刷費の割合は減っているという、考えてみれば当たり前の事実に気が付いた。そこで、このような傾向が今後も続くのであれば、経営にこれまでとは違う発想が必要なのではないかと頭を巡らせてみた。「人件費率が恒常的に上がっていくこのような変化の中で、会社が発展しようと思えば何が必要なのだろうか」と。結論は至極簡単、優秀な人材が集まること、そして彼らが「ここで頑張って長く働こう」と思ってくれるような環境を提供することなのではないか。これも考えてみればごく当たり前のことだけど、その当時の私としては発見であった。そのころ、外資系金融で大きな収入を得る友人を見て書いてみたのが、「企業は人の取り合いをしている(2011年9月)」という拙文だ。

企業は人の取り合いをしている(会長コラム’展望’ 2011年9月11日)


高度な教育を受け、日々進化するテクノロジーを使いこなす人材と、それを所持していない人材との生産性の格差がどうしようもないほど拡大していく現代においては、人材の格差がそのまま企業格差となるのじゃあないだろうかと思ったわけだ。どうやらこの推察はそれほど外れてはいなかったようで、今日、人材を労働者ではなく貴重な資本と位置づけることが優れた企業では当たり前の考え方になっている。金融資本優位の資本主義は、SDGsの考え方の世界的な普及とともに終わりを告げられた、ということだろう。


優秀な人材に集まってもらうためにはどうすればよいかと考えた結果として株式を公開する(IPO)作戦に舵を切ることになる。株式公開は資本の調達が主目的の場合が多いようだが、私たちの場合は大きな投資が必要な事業でもなく、ほぼ無借金だったので、とにかく優秀な人を得たい一心だった。


当時はそんなこと意識もしていなかったけど、最も重要な資本は人材だと認識していたことになる。そして次に考えたことは、優秀な人材のニーズ、つまりその人材が企業に何を求めているかである。経営資源に乏しい零細企業がそれに見合わぬような優れた人材を得ようとしても、高い人件費を支払うことはできない。仮にできたとしても、次のタイミングで人材はもっと高い人件費を払いましょう、という企業に流出するだけなわけだし。ということで企業は金銭的報酬以外の価値を人材に提供する必要があると思った。行き着くところは、企業が社会において何を実現しようとしていて、そこに共感が得られるかどうか。つまりは企業としてのミッションやビジョンだった。そんなことからミッションやビジョンの実現を目的として存在する会社になろう、売上や利益はそこにたどり着くために必要な燃料であり手段に過ぎない、なんて考えた。このようにミッションの実現のためにスタートした企業ではなく、売上や利益を求めてやっていたことが先にありきで、そこから紆余曲折があってミッションやビジョンにたどり着いたというのはあんまりカッコよくはないけれど。


高齢社会における課題解決というミッション中心主義であること、また多様な働き方に寛容であることを通して人材を集め、ミッションと売上、利益の関係を正しく理解する(ミッションの実現が目的であり、利益はそこにたどり着くための手段であること)メンバーを増やす。そのうえで組織や風土を常に改善を施す仕組みができあがれば、きっと中長期的に会社は成長し、すべてのステークホルダーが満足するのではないか、人と組織さえちゃんとしていればビジネスモデルが陳腐化してもへっちゃらに違いないはずだと。思ったことと現実にはまだまだ乖離があるけれど、人と組織こそが今日の企業に永続性を与えるのではないか、そんな思いを強くしている。それが今日のサステナブルな資本主義ってやつなんだろうな。


普段から雑誌や新聞などに書かれていることで気になったろことは線を引いてちぎってあるのだが、それらの中からこんな一文を発掘した。


産業資本主義の時代はお金が支配した時代であった。労働賃金が低い限り、機械制工場に資金を投資しさえすれば、利潤が手に入ったからだ。それがポスト産業資本主義時代になると、利潤の源泉は「差異」を創造できる人間の頭脳に転換した。だが人間は機械とは違う。ものでない人間はお金では買えないからである。それは、もはやお金を投資するだけでは利潤が手に入らないことを意味する。すなわちポスト産業資本主義では世間の常識に反してお金が価値を失いつつあるのである。

それだけではない。お金が価値を失う中、ますます多くの人が、お金で買えないものに、お金で買えないからこそ価値を見いだすようになっている。自由な時間や信頼できる仲間、文化的生活、そして何よりも社会的な貢献である。創造性を持った人間はこの傾向がとりわけ強い。それはポスト産業資本主義における会社のあり方を大きく変える可能性を持つ。

(岩井克人 資本主義に未来はあるのか 週刊東洋経済2021.4.10)


これには勇気づけられた。なるほど、考えてきたことはそれほど間違ってはいないんだな、と。ならば自信をもって会社のありかたを大きく変えてみよう、そんなふうに思っている。岩井先生の深い洞察に対して具体的な事例として示すことができるといいな。


株式会社鎌倉新書

代表取締役会長CEO 清水祐孝