2020/04/01
ビジネス
30年以上も前の学生時代のはなしだが、わたしは受験や試験前などに勉強をするためにいつも図書館まで出かけていた。自宅に勉強できる環境がなかったわけではなく、親元にいるときも一人暮らしをしているときも部屋と机くらいはちゃんとあった。
ただ自宅には誘惑が多いという問題があった。そこには勉強するのに余計なもの~ベッドもあればテレビもステレオも冷蔵庫も~机といっしょに存在していたのである。図書館に行けば、そこにはベッドはないから寝転がることもないが、自宅では机の数歩先にある。寝転がって参考書を読もうと目論み、試験の前日にそのまま寝てしまう過ちをわたしは何度も犯していた。
ちょっと休憩と思ってテレビを点け、そのまま2時間見てしまうことも度々あった。幸いなことに図書館ではそのような誘惑が排除されているのだ。意志の弱い怠け者のわたしにとっては、自分を変えるより、環境を変えることのほうが圧倒的に効果的だったということ。環境面に加えて、図書館には学びという同じ目的を持った人たちが集まる独特の空気感がある。この空気感は勉強の効率を高めることに作用していたようにも思う。
このように、時間をかけてでも図書館まで出かけて行くだけの理由が当時のわたしには確実に存在していた。
先般、電通の1人の社員が新型コロナウィルスに感染したことが判明し、感染拡大の対策として5000人の職員がリモートワークになったことが報道されていた。このニュースに接し、わたしは強い衝撃を受けた。
5000人が自宅で業務を行うとなると、電通の業績はどれだけ落ち込むのであろうと、自らの情けない学生時代と重ね合わせて想像せざるを得なかったからである。もっとも優秀な社員が集まるこの会社にはわたしのような不届き者は少ないのだろうが。
わたしたちの会社も、リスク管理の観点から一部の社員のリモートワークの推奨や、時差出勤などの対応策を取っていたり、部毎にリモートワークの実験を行なっていたりする。
そんな中で感じることを書いてみよう。
仕事には1人で行うものと、複数の人間が共同して行っているものがある。1人で行う業務では事務的なこと(机に向かって行なっている仕事)が代表的なものであり、このような業務はツール、例えばPCやWIFI等が整っていれば、理屈的にはオフィス以外でも行うことはできる。後は、生み出される価値を計測できる仕組みと、そのモニタリングがしっかりできるようになっているかというマネジメントの問題である。
このようにリモートワークには、仕事とは時間とお金(給与)の交換ではなく、生み出される価値とお金の交換であることを会社と働く人の双方が再認識する良い機会となる、という点では意味がある。
いっぽう複数で行う業務は、会議、ミーティング、打ち合わせなんて呼ばれるが、それらは何をやっているかを分解すると、情報提供、情報収集、共同思考、意思決定、指示、確認など。今日では、WEBによる会議システムのようなものも気軽に使えるようになっているから、会議等の複数で行う業務もリモートワークでカバーできると考えられがちである。
しかし、オフィスで行われているのは定形化された会議だけではない。
ちょっとした気づきや問題意識から、数名で集まって情報やアイディアの共有を行なっていたり(このような瞬間に大きな価値が生まれていたりする)、仲間と目があった瞬間に思わず「あの件どうなってる?」などと聞いてみたり、「よろしくね」「頑張ってね」などの声を掛け合ってみたりといったシーンはリモートワークでは起こり得ない。このような非定型のちょっとした業務は、それらをひとつだけ捉えると大したことがないように思えるが、その集積はビジネスに大きなインパクトを与える。リモートワークで支障がないと思っている人は、日々の活動をきちんと分析せず、PCに向かって1人で行う業務や、定形化されたミーティングが業務だと思っているのだ。日々、何気なく行われているオフィスでの共同作業の集積が大きな価値を生み出している、このことはリモートワークを行う際の重要な論点なのだ。1日1日の業務に支障が出ていないように見えたとしても、長い目で見れば大きな差異が生まれるということになる。
海外の先進的な企業の事例を調べてみると、リモートワークに有効なITツールをたくさん開発しているGoogleがこれを推奨していないことに驚かされる。今回の新型コロナウィルス対策のために、必要に応じて行なっているようではあるが、やはり仲間同士のちょっとしたコミュニケーションから生み出される創発が価値を生むということか。米国のyahooやIBMでも過去に同じようなことが起こっていた。冒頭で図書館の空気感と書いたが、職場も同様でその効果も考慮しているのだろう。
会社の生産性の観点から見れば問題だらけのリモートワークも、働く人から見れば自由な働き方、働く場所を選ばない、時間が有効活用できる、といったメリットが考えられる。
今後は、生産性をできる限り落とさないという視点でリモートワークの有効な活用法を見出していく必要があるだろう。生産性低下の危機を逆手に取ることができるようにみんなで考えていこうと話している。
株式会社鎌倉新書
代表取締役社長兼会長 CEO 清水祐孝