2025/03/27
社会
「なるほど、単なる脅しではないのだな」
今日は中国、明日はメキシコとカナダ、その次はEU、そして日本もといったように対象国も、品目もさまざま、ニュースには連日「関税」の見出しが躍る。もちろん新たな関税をかけられた貿易相手国の企業も困るが、それを受け取って次の需要家に売り渡す米国内の輸入企業も困るだろう。これまでに必要がなかったコストは誰かが負担させられることになり、最終的にはインフレ率の上昇を招くと言うのが大方の予想のようだ。
ちょっと考えてみよう。例えば3万ドルで輸出されていた日本車に25%の関税が掛けられれば、関税だけで7500ドル(実際にはこれまでも2.5%の関税がかけられていたようだが、これは無視しよう)になる。よく知らないが小売価格が2倍だとして、そのまま転嫁されれば12.5%の値上げ(日本円で100万円以上!)となる。
こうなると米国の消費者はその行動を変えるだろう。(関税が掛かっていない)国内で生産された車を買ってくれる可能性もあるかも知れないが、好みもあるし単に安いというだけで車を選ぶ人は多くはないはずだ。そもそも鉄鋼やアルミにも25%の追加関税を掛けられているのだから、米国生産車だって無傷ってこともないだろう。
と考えると、米国民の自動車に関しての消費行動は自ずと見えてくる。買い替えを遅らせるってことだ。「買い換えようかと思ったけど、もう少しこの車に少し乗っていようか」とまあこんな話だ。巨大な自動車産業で起こるこのような変化は米国の国内消費を減退させてしまうのだろう。
自動車分野に限らない。さまざまな産業で貿易相手国からの輸入品に関税を掛け続けると、このようなことがあちらこちらで起こるに違いない。それらは概ねインフレ率を押し上げ消費者を節約志向に向かわせる。ということで消費の減退、景気の後退を招きそうなことは私のような経済の素人でも理解できる話だ。
なのに、どうして?と思ってしまう。トランプ大統領はさておき、ベッセント財務長官をはじめとして政権の中枢には相当な経歴を持つ有能な人物が揃っている。それなのに、世界の各国の反発を無視して関税を利用した貿易不均衡の是正にひた走る。どうして、景気を悪化させるような政策を推し進めるのだろうか。
その答えはどうやら「構造改革」ということのようだ。米国は戦後の国際自由貿易体制を主導してきたし、自由主義体制の盟主としての役割を果たしてきた。しかし、自らの負担や責任の大きさや、諸外国とのアンバランスを問題視しているらしく、この構造を根本から変えようとしているようだ。単なる脅しではなく、多少の景気後退を許容してでも、覚悟を持って取り組もうというのが現政権の共通認識のように思える。
関税による貿易赤字の是正だけではない。財政赤字にも大ナタを振ろうとしている。イーロン・マスク氏に政府効率化省(DOGE)を率いさせ、大幅な歳出削減に取り組んでいる。やはり「構造改革」ってことなのだろうか。
わたしはトランプ政権がたぶん目指していると思われる「構造改革」が正しいかどうかは分からない。そして本稿で言いたいこともそのことに対する是非ではない。
ここで前述の自動車産業の例に戻そう。日本の自動車メーカーにとって関税が25%も上がってしまうのでは、業績に与える影響は甚大となる。そこで米国で消費される分は米国内で生産しようと考えるかもしれない。しかし、工場を新設あるいは増強し、従業員を雇用し、調達から生産、そして流通に至るまでのサプライチェーンを築き上げるには相当な時間を要するだろう。最適を目指して長い時間かけて出来上がった仕組みを、次の最適まで持っていくためにはこれまた長い時間が必要なのである。
さて本題である。「構造改革」には長い時間が必要であり、必ず痛みが先にやってくる。その痛みに耐えて、耐えて、耐えたのちに改革は成し遂げられる。その痛みに米国民は耐えられますか、ってことがトランプ政権の直面する課題になるのではないだろうか。
関税を上げまくれば、インフレや消費の低迷につながり、消費者心理を冷やすことも加わっておそらく景気後退に陥る。モノの値段が上がり、下手すると株価も下がる、そんな状況の中で来年の秋には中間選挙がやってくる。それでもアメリカ国民の過半がトランプ万歳!と叫び続けるのだろうか。次の選挙で負けるとレームダック化して「構造改革」は潰え、その2年後の大統領選挙を迎えることになる。そしてソフトバンクの孫さんや台湾のTSMCによる数十兆の投資が実を結ぶのは、日本の自動車メーカーが生産拠点をメキシコ・カナダからアメリカに移しアメリカの雇用や産業の活性化に寄与するのは、どんなに早くても次の大統領選挙より先の話だろう。
民主主義国家は多数決で意思決定がなされ、国民の大多数は目先の痛みを嫌がる。「構造改革」は先に痛みがやってきて、その効果が表れるのはずいぶん先の話なのだ。ということでいつも言っているように短期と中長期は常に対立する。「構造改革」は難易度が高いと思うのだが、どうだろうか。
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株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝
画像素材:清水祐孝/朝の風景