2010/04/01
ビジネス
最近、音楽が聴きたくなってレコード店あるいはCDショップに出掛けた人は、筆者も含めてほとんどいないだろう。当然のことだがそれは、音楽を聴か なくなったわけではなく、音楽が聴きたくなったときに何をするかが変わったということを意味する。いま、多くの人は音楽が聴きたくなると、CDショップに 向かうのではなく、パソコンに向かう。CDを手にとってレジに向かうのではなく、itune(アイ・チューン=アップル社の運営する音楽配信サイト)にアクセスして、目的の音楽をダウンロードする。
以前であれば、「音楽を聴きたい」というニーズには、ミュージシャンのほかにレコードやCDなどの音楽ソフトを制作し、プロモートするレコード会社(コロンビア、EMI等々)がいて、それを流通させる小売店(レコード店、CDショップ)が存在していた。さらには、レコードやCDで音楽を聴くための再生機器としての、CDプレーヤーがソニーなどのAVメーカーによって提供されていた。
今日、「消費者に音楽を届ける」というビジネスからは、ituneのような音楽配信サイトの登場によって小売店は閉め出されつつある。多くの中小の小売店は 淘汰され、残った大手の小売店も厳しい経営を強いられている。CDプレーヤーは必要なくなって、代わりに音楽配信サイトに連動したipod(アイポッド) やiphone(アイフォーン)が再生機器としてその存在感を大きく拡大させている。
残ったレコード会社は、以前ほど儲からなくなったようだが、現在のところは存在している。しかし、その役割は音楽ソフトの制作という部分よりも、ミュージシャンのプロデュースやプロモーションの役割が強まっている。このよ うに、「音楽を聴きたい」というニーズに対応したビジネスには、全く門外にいたアップル社(ituneを所有しipodなどの機器を製造販売する)が全く 新たな価値を消費者に提供し、それまでのレコード店やAVメーカーのビジネスを陳腐化させてしまいつつある。結局のところ、「音楽を聴きたい」というニーズに絶対必要なのは、聴きたい人とミュージシャンだけであって、その間に介在するプレーヤーは、手軽に安価に届けてくれる存在であれば誰でもいいのだ。
さて、このあたりの事情については、内田和成早稲田大学ビジネススクール教授の「異業種競争戦略」という著作が詳しいのだが、大切なことは、CDは音楽を届 けるための道具であって、ニーズではないということで、ニーズはあくまでも音楽なのである。「CDを買いたい」と消費者は言うが、本当のニーズは「音楽が聴きたい」であって、これを無邪気にCDに対するニーズだと考えていると、想像もしないところから新たな価値を提供するプレーヤーが現れ、これまでの収益を根絶やしにするという一つの好例なのである。
前置きが長くなってしまったが、我々の業界に目を転じてみよう。例えば「お墓を買いたい」というニーズ。多くの石材店は消費者が「お墓に対するニーズ」と思っているが、筆者から見れば、このニーズを突き詰めると、以下の2点である。
(1) 遺骨の物理的な置き場を確保したい
(2) 家族や先祖に対して手を合わせる場所が欲しい
この2つのニーズを満たすものがお墓しかない、と消費者が思いこんでいる間は、(死亡人口も増えるわけだし)確かにそこそこは売れる。怖いのは、アップル社のような外部からやってきたプレーヤーに、2つのニーズを満たす他の商品が提供されること。そして、(そのような新たな商品が)社会的認知を得ることである。新たな商品が提供されても、情報が伝わる仕組みが確立されなければ普及しないという点は重要ではあるのだが……。
散骨は、後者のニーズを満たさないから普及しない。しかし、永代供養墓は2つのニーズを満たす商品であり、需要が拡大する可能性は大きい。実際に都市部ではかなり増えていく傾向にあるので、既存のお墓ビジネスにとって大きな脅威となるだろう。
現時点ではネーミングに難点があるのか爆発的な普及には至っていないが、分かりやすいネーミングや適切な供給がなされた場合は、市民権を得る可能性は十分にあると私は思っている。
「お墓を買いたい」が消費者のニーズだと思い込んでいると、レコード店のようにあっという間にビジネスが陳腐化するリスクがあることを異業種の事例から伝えておきたかった。
株式会社鎌倉新書
代表取締役社長 清水祐孝