2014/02/28
社会
2月から3月は入試のシーズンだ。今日の新聞にも「○○中学 100名合格!」「××学院 200名合格!」といったキャッチコピーを携えた大手学習塾の広告が掲載されている。新しいお客さまを捕まえるには、価格の安さを訴求するよりも、既存のお客さまの合格実績が絶大な集客力となる業界なのだ。そして、ポテンシャルの高い生徒を集め切れば、来年も同じような内容の広告を打ち、多くのお客さまを獲得することができる。この業界のことを詳しく知っているわけではないが、学習塾の優劣は、先生の教える力にあるのではなく、(放っておいても有名な学校に合格するような)ポテンシャルの高い生徒を集める力と、そこから生まれる情報力の違いではないのだろうか。
さて、今回はビジネスモデルの話ではない。他人事みたいに書いてはみたが、実は数年前まで我が家も彼らの上得意客だった。おそらく家内は息子が有名な中学校に入学すれば、その後も彼の人生は順風満帆なものになると無邪気に考えたのだろう。いっぽうの私は仕事が忙しくて余裕がなく、「まあ、やれば」という感じで、子どもの教育や進路にあまり関心を持っていなかった。結局、何年もの間その塾の売上と、広告宣伝に多少の貢献をしてしまった。
彼が中学校に入ってみて、いろいろと感じるところがあった。そもそも、日本のトップスクールは、わが国の将来を担う人材を大学や社会に送り出す大きな役割を担っているはずだ。しかし、日本において次なる教育機関である大学のほとんどは、「答えが決まっている問題の処理能力の高さとスピード」だけを合格の基準とするので、学校はそれに合わせた教育を生徒に施すことになる。そうしなければ、「何のためにお宅の学校に入れたと思っているのですか、それは○○大学に子どもを入れるためです。お宅の学校に行きたいのではなく、○○大学に入れるためにお宅の学校は存在しているのです」と親から不平や不満をぶつけられるからだ。私立の学校は民間の塾と同じで、生徒や親というお客さまがなければ学校経営は成り立たなくなるのである。
いっぽう、今日の社会では、そのような教育システムの中での「優秀さ」だけではなく、問題処理能力とは異なる「優秀さ」が求められている。それは、「リーダー」を生み出すための教育であったり、突拍子もない発想をする人材を活かす教育であったりする。「答えの決まっている問題の解決能力という優秀さ」は日本の社会には十分に足りていて、不足しているのは「優秀なリーダー」であり、「斬新な発想」なのだ。
有名になったマイケル・サンデル教授の白熱教室では、答えが必ずしも一つではない物事に対するさまざまな意見や考えを生徒は求められる。そこでは、一つの一致した答えを生み出すことが大切だとは考えられていない。考えるプロセスや、そこから生まれる発想に意味があるということだろう。
戦争によって世界から大きく遅れた経済を豊かにするには、豊かな国の事例を真似ることが最適であったわけだから、日本の教育は十分に機能していた。決められたことをきちんとやることが重視され、それに適合する人材を優先して育成してきた。しかし、先進国の中でもトップグループに追い付いたら、今度は道を自らが作り出し、答えは自らで考え出さなくてはならない。したがって教育の目的もそれに見合って変更されなくてはいけない。しかし、その点がまだ国としての共通認識となっていないのだ。
そんなことを考えていたら、子どもが中学校を卒業したらアメリカの高校に行きたいと申し出てきた。母親を説得するのには骨が折れたが、とても良いアイデアだと思い送り出してみた。アメリカの高校に入学したての頃、彼は「学校には日本人は3人しかいない、なのに韓国人は13人もいる。中国人に至っては30人ぐらいいる、何故だろう」と聞いてきた。人口が日本の半分以下の韓国の留学生がどうして多いのか、所得が低いはずの中国人がどうしてこれほどたくさんの子弟を留学させられるのかが疑問だったのだろう。
「ひとつは日本ほど教育制度が充実していないので海外で学ばせるのではないか。費用は掛かるが中国は人口も10倍いるから日本人よりお金持ちはたくさんいる。賄賂社会で裕福な役人も多い」などと答えておいたら、100近いアメリカの高校に、日本人、中国人、韓国人の留学生の数と、日本人に対する印象を問うアンケートを出したという。彼の結論は、日本人はもっと海外で学ぶべきだということ。このことを母校で講演させろと中学時代の同級生に頼むのだという。私は「母校だけじゃあ勿体ない、他の学校にも一斉配信してみろ」と言っておいた。
政府はグローバル人材の育成を重視する施策を打ち出している。また近年、日本の高校からアメリカの大学を目指す学生も増え、それを積極的にサポートする学校も増えてきた。遅れているのは、親世代の学歴偏重という高度成長期の陳腐化した価値観、これを変えていくことが大切だ。
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝