2021/04/01
組織
本稿は、短期と中長期は常に対立する(前編)のつづきです。
昨年の夏ごろ、ウオーレン・バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイ社が、日本の大手商社の株式を大量に取得したというニュースが大きく報じられていた。直近の報道によると、その中の一社である伊藤忠商事(CI)が保有額上位 15 銘柄に名を連ねたとも伝えられている。保有が最大になったのは追加購入したからなのか、あるいは株価が上昇しただけなのか、そのあたりはよく分からない。けれど確かに最近、同社の元気ぶりについては度々報道されている。少し前までのイメージでは大手商社で 3 番手か 4 番手あたりが定位置、トップには三菱商事が君臨していた。ところが最近では上位 2 社の地位をCIが脅かし、首位争いが熾烈になっている模様だ。
変動の背景には資源ビジネスが以前のように稼げなくなったということがある、と言う。カーボンニュートラルに象徴されるように、環境に対する配慮を社会が指向する中で、資源ビジネスのありかたも構造転換を迫られている。そんな中でそこへの依存度が高い一部の大手商社が曲がり角を迎えている。いっぽうで資源ビジネスのプレゼンスがそれほど高くなく、住生活や食料などさまざまな分野でしっかり稼ぐCIの優位性が高まっている、というのが世間一般の見方のようだ。
さて、ここからが「短期と中長期は常に対立する」という今回のメインテーマ。同社の躍進を生み出したのは、資源から非資源への事業シフトによって生み出されたというより、より重要なのはそれを生み出す(中長期的な取り組みを可能とさせた)組織構造であり、その構造が結果としてのビジネスの成長を招来したのではないか、というちょっと変わった視点だ。ビジネスの成長は躍進の「原因」ではなく「結果」だと思うのだ。
それでは、その構造とは何か。同社の岡藤正広会長兼 CEO は 2010 年に社長に就任、2018 年には会長となったものの、実質的なトップを 長い期間勤めている。それ以前のトップはおおよそ 6 年程度で交代して、次の世代に実質的にバトンタッチしている。つまり、トップは 6 年程度で交代するというのが慣例であり、それがおおよそのコンセンサスであったものと推察できる。他の大手商社はどこもほぼ 6 年周期で社長が交代しており、そのことが裏付けられる。
ところが岡藤会長はこの慣例を破って、トップに居続けて12年目となる。「権力をほしいままにしたい」のではなく「構造的に会社を変えたい」と考えているのだろう。前回も「中長期的に取り組まなくてはならない課題は、短期的に大きな痛みを伴うから、それを乗り越えられるだけのトップの視座や度量、強固な権力基盤、そして中長期的な時間軸がなくてはならない」と指摘した。資源ビジネスはうまくいけば大きな収益を上げることができるが、いっぽうでリスクも大きい。また、一部の資源ビジネスは環境社会への対応という点でも難しさがある。そんな中で事業構造や社員の意識を根底から変え、総合商社のトップになるという目的を達成するには(暗黙の了解としての任期である)6 年という時間軸では短すぎるのだ。全くの想像ではあるが、おそらくは社長就任後に順調に業績を上げることができたという幸運があって、それゆえに内外から一定の評価が得られ、各方面への遠慮や忖度が必要なくなり、安定した権力基盤が出来上がった。そこでやるべき重要な取り組みを中長期的な時間軸のもとでやり切れる環境が出来上がり、結果として各分野で良質なビジネスが花開いていった。そんなことではないのかな、と思っている。
(大きく稼げる)資源ビジネスを捨てて、他のビジネスでそれ以上の収益を上げるなんて簡単にできるものではないだろう。もちろんCIは依存度がもともと低かったことも幸いしたのだと思う。でも、仮に私が商社のトップだったら、中長期的な課題を認識していたとしても、劇的に変えることはできないだろうな、と思う。なぜなら任期という慣例がある中で無邪気に構造改革にまい進すれば、短期的に激しい痛み(業績の悪化)を伴うことになるから、ステークホルダーからのバッシングを受け、自らのよって立つ権力基盤が揺らいでしまう。結果として取り組み自体も潰えてしまう。蛇足だが、そうなればいわゆるトップ「勇退」もできなくなり、「会長」「相談役」「特別顧問」といった日本ならではのトップ退任後の身分保証システムからも外されるリスクがあるわけで、要はサラリーマン経営者としては中長期的な構造改革は割に合わない。
このように中長期でやらなくてはならないことは、短期的な心地よさに目をつぶらなければならず、「短期と中長期は常に対立する」のだ。
以上2 回にわたって「社会」や「会社」を構造的に変えることの難しさについて勝手な想像をもとに書いてみた。右肩上がりに事が上手くいった時代から、そうはいかなくなってある程度の時間が経っているのなら、それは右肩上がりを構成していた構造が賞味期限切れを起こしているということに他ならない。その時には、構造転換という新たなチャレンジが必要となるのだが、右肩上がり時代に築かれたシステムを変えるのは容易ではない。国家における独裁者や企業におけるオーナーにおいては、視座や度量があれば(権力基盤はあるのだから)構造転換は可能であろう。ではオーナーのように振る舞える、しかも高潔な国家元首や企業経営者はどうすれば輩出できるのだろうか。
(いっぽうでゴーンさんの事例のように、権力は常に腐敗するという別の問題が発生するリスクもあるけど「有罪か無罪かという話ではなく」2019年3月)
この国の社会や大企業の抱える大きな課題だと感じている。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長 CEO 清水祐孝