会長コラム“展望”

危機感

2011/11/01

社会


中小企業の経営者の集まりが主催するシンガポールでの研修旅行に参加してきた。20世紀の欧米や日本が世界経済の圧倒的なシェアを持ってい た時代が終わり、最近急速にBRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国)と呼ばれる新興諸国がそのプレゼンスを高めている。そしてその先は、ASEAN を構成する東南アジア諸国が世界経済の重要なポジションを占めるようになるだろう、そしてその中心はシンガポールなのではないか、と常々感じていたからだ。

ご承知の通り、シンガポールの人口は約500万人、面積は東京23区と同程度という小さな都市国家だ。歴史は浅く(まだ半世紀も経っていない)、気候に恵まれているわけでもない。資源もないし、建国の当初から特別な産業があるわけでもない。当然、国内のマーケットも小さい。いわばないない尽くしの国家である。しかし、一人当たりのGDPは日本を上回っている〔43,116USドル、国際通貨基金(IMF)による2010年度の資料〕。

このような国が世界でも有数の経済国家になったのには当然理由がある。それは、政府の強力なリーダーシップの下に推し進められるさまざまな産業政策にある。建国の当初から、英語を公用語として国民皆教育を進め、1970年代からは、海外の企業の誘致活動を積極的に展開、製造業の拠点と しての役割を担った。最初のうちは労働集約型の産業が中心であったが、その後は技術移転や輸出産業の振興に力点を置く。90年代に入ると、物流のインフラ の整備をさらに推し進めるとともに、交通の要衝としての機能を充実させてきた。結果として今日では、シンガポール港はコンテナ取扱い個数で世界一になり、 空港も国内線を持たない空港としては世界有数の乗降客数、貨物取扱量を誇っている。

さらにアジアにおける金融のハブとしての位置付けを確保するため、世界の金融業に対するさまざまな優遇政策を通して、その地位を確実なものにしている。同様の方法でバイオテクノロジーなど世界のトレンドともなるような産業の誘致育成にも積極的だ。

さて、このようなダイナミックな政策を次々に打ち出せる背景は何に求められるのだろう。きっとその答えは、前述のように小さな国家で、資源や国内マーケットに恵まれていないというハンディキャップを持つがゆえの危機感の裏返しなのだろう。


翻って日本。四季に恵まれ、1億2,000万人の人口を背景とした豊かな国内マーケットがある。こういった恵まれた環境が、危機感を失わせる背景として重くの しかかる。この国では失われた20年と揶揄されるようなゼロ成長が続いても、世界に目を向けた政策を行うわけでもなく、経済的な国境がなくなっても、いまだに国内産業の保護が大切という声が大きい。シンガポール滞在中に南洋工科大学(同国のトップスクールのひとつ)のMBAコースの学生との交流の機会があ り、そこでは「日本企業のグローバル化を加速させるためには何が必要か?」というテーマで討議を行った。

もちろん、日本語というローカルな言語でビジネスが行われていることや、文化や意識、あるいは価値観が独特であることなどが、日本企業のグローバル化の障害になっているのだろうが、これらを突き詰めて考えると、「危機感に乏しい」これが根源的な答えであろう。従って、国内で食べていくことができるうちは、グローバル化などしないのである。

逆に言えば危機感を持った順番でグローバル化していく、これが正解だ。民間企業とは異なり、政府などは危機感を感じない最たる組織であるから、日本全体のグローバル化は本当の危機を迎えるまでは難しい。

常に危機感を持って政治経済の舵取りを政府が積極的に進めるシンガポール。片や平和ボケが抜けきらず失われた20年を経てもなお危機感を持てないでいる日本。勤勉な国民性、高いモラル、平均的に行き届いた教育、こうした強みを持つ日本ではあるが、やはり危機感は一部の民間企業にとどまり、政府はその意識を持てないまま時間を浪費するのだろう。危機感の共有には適度なクラッシュ──例えばギリシャのような── が必要なのかもしれないな、シンガポールといういわば危機感の塊を目の当たりにしてそのように感じた次第。

ギリシャのような悲劇に陥らず、できれば適度なクラッシュで政府や国民が目を覚ますことができればよいのだが、果たしてどうなることやら…。


株式会社鎌倉新書

代表取締役社長 清水祐孝