2017/06/01
個人的価値観
いま、アメリカの首都であるワシントンDCにいる。毎月のこの原稿には締め切りがあるので、こんな場所でも時間をひねり出して書かなくてはならない。さて今回ここに来たのは、娘の卒業式に参加するためだ。
入学式のないアメリカでは、この卒業式が最も重要なイベントらしく、少し前に「忙しいから行かれないかもしれない」と言ったときの「あり得ない」という彼女のすごい剣幕からもそのことはうかがい知れた。確かに日本のような1日限りのプログラムではなく、さまざまな卒業関連行事が数日間続く。全ての学生が学校内の寮に住みつき4年間を過ごすわけだから、30年前のわたしの日本でのサボり放題の大学生活とは充実度が全然違う。それだけに、締め括りに大きなエネルギーが注がれるのも理解できなくもない。
アメリカで教育を受けている身内がいると、この国では教育は巨大な産業であるとともに、最も重要な国家戦略であることがよく分かる。全米大学ランキングを見るとベスト10は全て私学で、年間の授業料はおしなべて5~6万ドルである。日本人からすればびっくりするような金額だが、もちろんただ高いだけではなく、施設の充実度や生徒1人に対する教員の比率も日本の大学とは全く異なる。1人の教員が面倒を見なくてはならない学生が多くなれば、当然指導も一人ひとりに合わせてというようにはいかなくなるわけだから、少ない方が良いに決まっている。そして、その理想を追求すると学費も人々の所得を無視したような金額になるわけだ。
学費を賄えないほとんどの学生に対しては、奨学金やローンがある。要は教育投資を借金で賄っても、その後の社会で学生時代に培った人という資源の価値を生かして投資を回収すればいいだろう、というお話だ。(でも最近では借金を背負って社会に出て、その後の所得から返済するという方法論に失敗する人が続出し、社会を揺るがす大きな問題になりつつある。学費が年々上昇する一方で、適切な仕事にありつけなかったり、所得の伸びが追いついていないことが原因のようだ。)
このように高額な学費で国内のみならず世界中から学生を集めるから、その市場規模は莫大である。何せ世界の大学ランキングでも上位校のほとんどはアメリカだから、その質の高さに魅せられて世界のエリートが集まってくる。そんなこんなで、そこから生まれる収入や雇用や消費はアメリカの経済に大きな役割を果たしているのだろう。
そして世界中から集まってくるエリートが適当な比率の歩留まりがあれば、そのような優秀な人間がアメリカの発展に寄与してくれることになる。インテルのアンドルー・グローヴはハンガリーからの移民でカリフォルニア大学バークレー校で学んでいる。ヤフーのジェリー・ヤンは台湾、グーグルのセルゲイ・ブリンはロシアからの移民で、共にスタンフォード大学で学んでいる。もっと言えば今のグーグルやマイクロソフトのトップは共にインド人だ。
このように世界のエリートを集め、アメリカの高等教育を受けさせる。そして人的資源の価値を向上させてアメリカにとどまってもらう。これがアメリカの国家としての最大の戦略なのだ。彼らは、優れた人間こそが現代における最も重要な資源であることを熟知しているのだ。
さきほどウーバーに乗車すると、運転手がカタコトの日本語を話しかけてきた。聞いてみると彼はウイグル出身の中国人で、以前に日本の大学に留学し電気工学を学んでいたという。その後家族と共にアメリカに渡り、さらに大学で学んだのちにエンジニアとしての職を得た(つまりウーバーの運転手は副業ということ)。3人の子供をアメリカで育て、長男はわたしの娘と同様に大学を卒業するという。アメリカで生活する権利を得た彼の家族が、故郷のウイグルに帰ることはたぶんないだろう。こうしてアメリカは価値を生み出す資源としての人を確保すると共に、消費や納税を通して国家の発展を支えてもらうわけだ。
さて卒業式で娘は旗手として日の丸の旗を持っていた。ただしそれは特別に選ばれたわけではなく、日本の国籍を持つ卒業生が他にいないからだという。いっぽうで中国人と韓国人は30名ずつの卒業生がいる。心配な限りである。さらにその周りにはためく国旗は50本以上はあって、それはこの大学が数多くの国々から学生を引き付けてきたことを示している。娘はこの後日本の会社で働くというが、このアメリカに残って仕事や学問をする人もたくさんいるのだろう。
以上、アメリカは凄いなあってことなのだが、国の平和や繁栄をもたらすのは人的資源であり、これをどうやって集め続けるかをアメリカという国は考え続けているのだ。
会社も同様だと思う。そりゃあどんな事業をするかも重要だけど、優れた人材を集め続けることがさらに重要だ。優れた人材を集め、会社という器を使って人的な価値を高めてもらう。いっぽうで働く人たちには、留学生がアメリカはいいなあと思ってもらうのと同様「この会社はいいなあ」と思ってもらえるように環境や風土あるいは待遇を整備する。そして、そのような人材の歩留まりを高める。こんなことをするのが今のわたしの役割だと考えている。
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝