2012/11/30
ビジネス
職業柄、毎月かなりの数量の書物を購入するのだが、最近ではそのほとんどをインターネット上の書店であるアマゾンに依存している。書物の購入に際し ては、立ち読みという商品選択の過程がたいへん重要であり、インターネット書店はこれには向いていない(最近のアマゾンには一部の書物に立ち読み機能があ るが)。既知の著作者などは、中身を見なくても購入をすることができるが、知らない著作者についてはパラパラと読んでみないことには、その判断がしにくいからである。そこで、定期的に大型書店に出向き、立ち読みをした上で、良さそうな書物をまとめ買いをしている。
ところが最近では、当座に必要な1〜2冊だ けをそこで購入して、残りの書物は、携帯にメモってアマゾンに注文するようになった。書店にとっては迷惑な話だが、本はたくさん買うと重いのである。
イ ンターネットが完全に普及してしまった今日、ビジネスの様相はこれまでとは全く異なる展開になりつつある。事例として家電製品を買うシーンを想像してみよ う。まずは近くのヤマダ電機の店舗に行く。店員から製品についての説明を聞き、納得して購入を決める。しかし、ちょっと待てよと思い、ズボンのポケットか らスマートフォンを取り出し価格.comにアクセス、製品名を入力する。すると、ヤマダ電機より2割も安い価格でその製品が売られていたりする。当たり前である、ヤマダ電機とは異なり価格.comに掲載しているその企業は店舗や店員を抱えず、場合によっては注文が入るまでは在庫すら持っていなかったりするからだ。こんなケースで消費者は多くの場合、安い価格を提示した企業からの購入を選択するだろう。送料も無料、物流も発達しているから商品も翌日には届いてしまう。このときヤマダ電機の役割は、商品の見本置き場であり、店員はメーカーの製品説明係である、骨折り損のくたびれ儲けだ。
小売業は 流通業などと呼ばれたりするが、もはや文字通りの商品を流して通すだけの(店舗・在庫・販売員を持つ)小売店は成り立ち難くなっている。逆に言えば、店舗でわざわざ買うだけの理由がないモノについては基本的に安価な無店舗(主にインターネット)販売にその地位を奪われつつあり、今後もこの流れが加速化して いくのだ。
家電量販店では大手企業の動向がしばしば華々しいニュースになるが、実際行われているのは激しい消耗戦である。大型量販店の利益率が増加してい るわけではなく、出店や企業買収等の規模の拡大によって大量購買(つまり原価の低減)を可能とし、さらに効率化によって販売管理コストの比率を下げているだけ。たとえ最大手のヤマダ電機といえども、もう「国内の家電量販店」としてのビジネスモデルは崩れてしまっているのである。インターネットはさまざまな分野の小売業において、わざわざ店舗に出向いていた消費者に安い価格と利便性を提供することによって、リアルな店舗を持つ小売業のビジネスモデルを形骸化 させているわけだ。
しかし、すべてのモノの購買がインターネットによって完結できるわけではない。わざわざ店舗に出向いて買う理由が存在するモノもある、 それはどんな性格のモノだろうか?
・カスタマイズが必要な商品
たとえば、家を建てるときそれをインターネットのみで注文する人はいないだろう。建てる場所の制約や消費者の要望などのカスタマイズの領域が大きいために、既製品の大量販売に向かないからだ。
・現物を見たり触れたりすることなしに買うことができない商品
たとえば、洋服や靴は写真や動画を見ても、色合いや質感などは分かりにくい。また、自分に似合うかどうかも想像しにくい。このようなモノは店舗で現物を確認し、試着などを行ってからでなくては買いにくい。家具や仏壇なども同様であろう。
・物流のコストから無店舗販売がそぐわない商品
たとえば、お墓。前述の家と同様カスタマイズが必要なこともあるが、仮にインターネットで注文できたとしても、北海道の業者から九州の消費者が買うことは難 しい。物流コストが大きいからである。仏壇も以前はサイズも大きく、ヤマト運輸や佐川急便などによる物流には適していなかった。しかし、最近では物流網の 発達に加え、商品サイズがコンパクトになったことから、この問題は解消されつつある。
このように店舗・販売員・在庫 を持たないインターネット販売が小売業を劇的に変えつつある。わざわざ店舗で買う理由が存在しない商品は、利便性や価格面からインターネット販売にどんど ん移行する。もはや航空券はJTBの店舗では売れないのだ。 店舗で買う理由が存在する商品も、買う理由を失わせる方向で知恵を絞る企業も出てきた。
洋服や 靴の分野では、返品を無条件に受け入れることで消費者が気楽に注文できる状況を作り上げ、zozoタウンやザッポス(アメリカの企業、アマゾンに買収され た)などのスーパースター企業を生んだ。これから生き残る小売業は単純な小売業ではなく、あなたから買う理由が商品以外に存在する、いわば小売付きサービ ス業(サービスという価値を付加した小売業)なのだ。いま、あなたが扱っている商品も、店舗で買う理由を失わせる企業がそのうち現れるだろう。代わり栄え のしないチラシを撒いて、お店で待っている人たちは残念ながらいなくなるのである。
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水祐孝