会長コラム“展望”

2024年自民党総裁選

2024/10/01

社会

2024年自民党総裁選

 先日(9月12日)に告示された自民党の総裁選挙には、過去最多となる9人もの国会議員が立候補するというこれまでに例を見なかった盛り上がりを見せている。これを書いている時点ではどの候補が岸田総理大臣の後継者となるのかは不明だが、連日のように候補者間の論戦が広げられていて、それはそれで悪いことではないしと思いながら眺めている。


 はじめに、今回に限ってどうして9人もの候補者が立候補にこぎつけられたのかを想像してみるのはどうだろう。これは逆にいえば、これまでは立候補のハードルが高かったということを示している。物理的なハードル(20人の推薦人)は以前と変わっていない。ということは推薦人の確保が以前よりも容易になったという状況が生まれたわけだ。これを突き詰めて考えると、これまではなかなか推薦人になってもらえなかった、推薦人側からすると、それを引き受けることのリスクが高かったのだと想像できる。


 いうまでもなくそこには、最近まで6つも存在していた派閥というシステムが背後にある。わたしは、この派閥というシステムがどういうものだかはよくわかっていない。ただ今回、一連の派閥解消の動きにつながった、金銭を分配する役割を派閥が持っていたことが明らかになっている。つまり、おそらく派閥には、そこに所属する政治家が政治活動を長期的安定的に行うためのさまざまな支援機能が存在していたと考えるのが普通だろう(なので著名政治家の二世議員などは、派閥に所属する必要性がそれほどないのだという想像も成り立つ)。一方で、こうした支援機能というメリットを得られることの見返りとして、政治行動や政治家としての意思決定は派閥のそれに従う、といったことが求められていたのだろう。


 今回、5つの派閥が解消されたことで、意思決定の自由が個々の政治家に付与された結果として多数の立候補者が生まれ、そこで総裁選が行われることになった。それは、それぞれの信条をもとに政治活動を行えるという変化を生んだという点で一見喜ばしいことではあるのだが、はたして本当にそうなるのだろうか。


 というのも前述のとおり、派閥が果たしていた個々の政治家への支援機能も同時に消滅しているからだ。著名な政治家の二世でもなく地盤も知名度もそれほどでもない多くの政治家は今回、本当に自らの政治信条をもとに意思決定を行っているのだろうか。むしろ、「勝ち馬に乗る」ことが最適の意思決定だと考えるのではないだろうか。そしてそのような動きは、立候補を断念した政治家の動きにも見て取れる。


 というわけで、派閥が解消されたからといって、世の中がよくなるわけではなく、むしろ派閥によって抑制されていた、トップへの権力の集中が進むだけなのではないだろうか。これがちょっと心配。


 次に現在、候補者同士で論戦が熱を帯びているのだが、中でも大きく取り上げられているのが、夫婦別姓や解雇規制の問題だ。確かにこれらは重要なテーマであり、特に後者は今後の日本経済の活性化という観点からもはや避けて通れないものだと理解する。だれど、こちらについては大きく報道されているのでそれを見ていただくこととしよう。


 それ以外のテーマでわたしがユニークで重要だと思ったのが、河野太郎氏が公約で打ち出した「年末調整を廃止、全納税者が確定申告する」という案なのだ。こちらはあまり取り上げられていないが、わたしはこれに大賛成。企業の負担を減らすべきだといっているのではない。サラリーマンは、給料からさまざまな税を差し引かれ、社会保険料を差し引かれた後の手取り収入を、自らが計算することはない。つまり源泉徴収というシステムは、税や社会保険料をいくら払っているのか、ということを意識させない仕組みで、これが問題だと思っているのだ。


 多くのサラリーマンたちは手取りだけを見るから、差し引かれるこれらの社会的なコストが適切に使われているのか、といった意識が芽生えにくいのだ。そしてこのことが、政治に対する無意識につながっている可能性は大きいと思うのだ。1年に一度、自らがどれだけの収入を得て、国や地方にどれだけの税金を納め、健康維持や年金のためにどれだけの支出をしているのかを自らの手で計算すれば、その負担の大きさを身近に感じることができるだろう。ついでにいえば社会保険料は労使折半となっているが、企業からすればその人を雇用しなければ払う必要がないわけで、見方を変えればそれは給料である。サラリーマンの社会保険料は、被雇用者が負担している額の2倍が支払われているのが実際である。


 以上、政治に対する意識を高めるために、河野太郎氏の打ち出した「年末調整を廃止、全納税者が確定申告する」という案はとてもよいとの私見を述べた。しかし、国民や役所の負担が増えるといった程度の議論にとどまっていて、それがとても残念なのである。


株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝