2013/01/31
個人的価値観
昨年末の総選挙で自民党が政権を奪還し、途端に雲行きが変わってきた。
安倍首相がアベノミクスなる金融経済政策を打ち出すと宣言したことをきっかけに、為替は大幅に円安になり、株価は大幅に上昇している。このアナウンス効果がどこまで持続するかは分からないが、このことは消費にも好影響を与えているような感じがする。実際、小売業のいくつかの分野で直近の業況を聞いたところ、選挙後は目に見えて改善しているという声を聞く。消費は、消費者の「ふところ」を温めなくても、「気分」を温めることで上向いていくのだから、今はまさにそのような状況なのかも知れない。
ただ、これまではアナウンスだけで反応してくれたが、今後はこれを実行に移さなくてはならない。何が実行され、それによってどのような影響がでるかをよく見極めなくてはならない段階になる。人間は失敗から学ぶことで成長するのだから、安倍首相も例外ではないはず。そのように考えると今年はこれまでの何年間とは異なり、日本経済にとっては楽しみな年ではある。
今年といえば私事で恐縮なのだが、この1月に生まれて半世紀、つまり50歳を迎えることとなった。そのうちの約半分の期間をこの仕事に携わってきた。政権も変わり、人生の節目を迎えたのはちょうどいいタイミングだと思い、この年末年始は自らの会社のこれまでを振り返ってみた。せっかくの機会なので読者の皆さまとシェアしたいと思っている。
この仕事を始めたのがちょうどバブル経済期の真っただ中であり、そこから今日までの20数年は、まさに日本経済の「失われた20年」の期間である。端折って見ていくと経済の絶頂期から、バブル崩壊、阪神淡路大震災、金融機関の相次ぐ破たん、と進み、その後21世紀に入ると、小泉構造改革が奏功しかけたが、今度は海外発のリーマンショックやギリシャ危機で、またもや景気が低迷した。そして、2年前の東日本大震災である。結果この期間で見ると、たとえば平成22年の世帯所得は、昭和62年と同水準である。もちろん日本社会も大きく変化した。高齢化は見事なまでの進展を見せ、総人口だけではなく労働人口も年々減少する時代に入った。
このようなことを受けて、ありとあらゆる産業で経営環境も大きく変わってきた。たとえば、都市銀行、長期信用銀行は10行以上あったのが今では4グループになった。以前であれば個人投資家は、4大証券の営業マンを通して株式投資を行っていたのが、今日ではネット証券を利用するようになった。そしてネット証券に転身できなかった中小証券会社は顧客から見放され、淘汰された。保険は「日生のおばちゃん」のような営業レディが売っていた。それが、だんだんファイナンシャルプランナーが売るようになり、最近では小さな店舗での販売や、インターネット直販に販売ルートが変わりつつある。GMS(総合スーパー)はセブン&アイとイオンの2グループにほぼ集約された。このように、書き出すときりがないきりがないが、ほとんどの産業が変化を余儀なくされ、強い会社、変わることができる会社は生き残り、変わることができない会社は消滅していった。
零細出版社である私たちの会社もこの20数年の時の流れの中で、社会、経済環境が変化し、それを受けて顧客のニーズが変化する中で、その対応を迫られてきた。振り返ると大きく3つに分けられる。
1番目は、業界誌からの脱却。
業界誌はそもそも経済成長期の業界ニーズとして発生するものである。成長期における各企業の課題は共通する部分が多いが、産業が衰退期に入ると、強い会社と弱い会社、規模の大きな会社と小さな会社で経営課題はバラバラになってくる。すると、同じ情報を紙に印刷して広く配布するという業界誌が応えられるニーズの範囲が小さくなってくるのだ。その上、業界誌は業界内企業のトップとの個人的な関係が中心にビジネスが展開される傾向が強い。このことを企業の視点からみた場合、まず規模拡大が難しいし、何より個人の資質に依存すること自体、不健全である。そのようなことから、業界誌中心のビジネスモデルを転換する必要性を強く感じた。結果として、今日ではその依存度は非常に小さなものになった。
2番目は対象となる事業領域の捉えなおしである。
私たちの会社は当初、仏壇仏具業界をメーン顧客として事業を行っていた。しかし、仏壇に対する消費者ニーズを考えたとき、それは家族の死を契機として、葬儀→仏壇→お墓(一般的なケース)というパターンで発生するものであり、仏壇はその過程の一部に過ぎない。葬儀や仏壇、お墓は、それらの事業者にとっては、全く別の商品やサービスであっても、消費者から見れば、家族の死を契機に発生する一連のニーズである。従って、私たちは、事業者のニーズではなく消費者のニーズに沿った形で、情報を提供すべきであると考えた。大切なのはあくまで消費者のニーズであって、これに沿わないビジネスには永続性がないのだ。
最後に、私たちの会社の提供する価値である情報の伝達手段の捉えなおしである。
顧客は「出版物」が欲しいのではなく、「書いてある情報」が欲しいわけである。ということは、情報を伝達する手段は、特に印刷物である必要はないのだ。そこで私たちは会社を「出版社」ではなく「情報加工会社」であると定義づけた。雑誌に掲載されたわずか4ページの情報について詳しく学びたい顧客がいれば、それはセミナーという形式で半日かけて情報を伝える。あなたの所有する情報を私たちのためだけに、加工して提供してほしいという顧客がいれば、それはコンサルティングという名のビジネスになる。そして、インターネットという情報伝達手段を通して、手軽で詳細な情報を得たいという顧客があれば、それに対応する。
余談だが、マスコミは「出版社」「新聞社」「テレビ局」などと呼ばれているが、これはまさに情報伝達の方法を指しているに過ぎない。従って、そのようなカテゴリーの括り方をしている間は、本質に気付くことは難しく、今日の変化に取り残されているというのは合点がいくことだ。
供養に関わる業界においても、失われた20年の期間に、大きな変化を遂げた会社がたくさんある。葬儀の小規模化に対応し、低コストでのオペレーションの能力を磨いた会社、商品やサービスラインを増やした会社、絞り込んだ会社。新た加カテゴリーの商品やサービスを生み出した会社等々……。一日一日は目の前のことを必死に改善しているだけなのだが、長いスパンで眺めれば、そこに一貫性のある変化への対応が見出せるものだ。
というわけで、日々変わる、変わる勇気を持つ、そのために深く考える、というのが今月のメッセージでした。
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水
祐孝