2023/08/01
社会
ちょっとマイナーではあるが、信託型ストックオプション(株式購入権)の課税問題という話題が持ち上がっている。この手法を利用するとストックオプションの権利行使時の税金が低率で済むという触れ込みに対応して多くの企業が導入を進めていたところ、何年も経った今ごろになって税務当局から待ったがかかり、権利行使が進んでいた一部の企業で大混乱を招く事態となっている。
ストックオプションとは株式をあらかじめ決められた価格(権利行使価額)で購入できる新株予約権の一種で、企業が役員や従業員などに付与するものだ。問題になっているのは、そのうちの信託型ストックオプションと呼ばれるタイプもの。民間のコンサルティング会社が考案したもので、ストックオプションをいったん信託に移すのが特徴である。この仕組みは企業への貢献度に応じて従業員等を受益者として指定できるという点で使い勝手の良さがある上に、権利行使時の税金が譲渡所得扱いとなるという話で、それだと給与所得よりも低率で済むため多くの企業に取って魅力的な商品であった。そこで上場・非上場問わず優秀な人材の確保と彼らへの動機づけに活用しようと数多くのベンチャー企業がこぞってこれを導入した。ところが今回、後者の部分つまり譲渡所得扱いになるという点が、誤った税務処理だとの指摘が国税庁から上がったのである。何を隠そう当社も、ストックオプションの導入を検討した際にこの商品を知り、他の手法に比較して最も使い勝手が良いと考え導入したのだが、それからまだ日が経っていないうちにこの問題が発覚した。そのため、権利行使はおろか交付も進んでおらず問題には至っていないが、既に権利行使が進み、納税も終わっている企業もあって、そうした企業にとっては「もう勘弁してよ」という事態になっているのだ。
この問題が発覚した時、わたしは「どうして良く調べなかったんだ」とこれを担当していた役員に問いただそうと一瞬考えた。しかし、既に800社にも及ぶ企業が導入済みであり、その中には日本の未来を代表するような企業も数多く含まれている。また、導入から相当の時間が経っていることもあり、担当役員がコンサル会社の言うことを鵜呑みにしてしまったことを責めることは不適切だと理解した。おそらくこの商品を導入した企業のほとんどが、同じような状況で「目が点になっている」に違いない。
さて、どうしてこうした本来ならば無用のはずの混乱を招いてしまったのだろうか。上述のコンサルティング会社は、国税当局に対して照会を行い適切(譲渡所得)との回答を得たといい、国税庁はそんな回答はしていないと言う。
とまあ、話はここまでだ。現在のところ真相は明らかになっていない。時間が経てば明らかになるのかもしれないが、明らかにする必要があるのかどうかも私には分からない。長く生きていりゃ、想定外のことは起こるし、そのとばっちりを受けることもある。権力がルールを反故にすることもあり得なくはないし、この国は完璧な法治国家だなんて思ってもいけないと思う。まあそれでも専制主義国家に生きるよりは全然良いと思ったりしている。
ただひとつ残念なことがある。それは、この国には全体最適を考えるリーダーが不在だということ。国税当局の担当者が主張することも、言われてみればもっともだと思う。なので、その仕事にだけフォーカスすれば「早く言っておかなきゃ」ってのもわかる。だけどグローバル化が進み先進国間での経済競争が進む中で、世界で勝負できる産業の振興はとても重要な国家課題だ。そしてこの件については、国税当局はもとより、経済産業省も、財務局も、監査法人も、そして経済活動に関係のある仕事をしていれば、この動きを知っている人は数多く存在していたはずだ。導入から相当な時間が経ってから、このような問題が発覚する前に、論点を整理し、国家的見地から日本のスタートアップやベンチャー企業の育成を推し進めるリーダーは不在だったのだ。自分の持ち分を最適化すること、部分最適は考える人はいるけれど、全体最適を考える人がいなかったということ。それはヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット、トランペット,トロンボーン、ティンパニの奏者がめいめい演奏するだけで指揮者がいないオーケストラみたいなもの。このあたり企業においても教育の場においても、リーダーの育成という観点の乏しいわが国のディスアドバンテージなのかも知れない。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝