2003/07/01
組織
弊社のような出版を中心にビジネスを行う企業にとってもっとも大切な経営資源はいうまでもなく人材である。もとより工場設備があるわけではなく、常に新たな商品やサービスを企画・開発しなくてはならないから、当然のことである。同様に葬儀社や仏壇仏具店、あるいは石材店についても消費者に商品やサービスを販売する部分にもっとも大きな比重がかかっているから、人材の重要性は非常に高い分野であることに異論を差し挟む人は少ないだろう。
さて、近年では景気低迷の影響を受け失業率が過去最大水準まで上昇している。したがって企業が求人情報誌や職業安定所などに人材募集の案内を出すと驚くほどの反響が得られるという状況になっている。弊社でも先般人材募集の案内を行ったところ、若干名の募集に対して、わずか数日で150名以上の応募があった。物理的な対応能力の問題があり、あわてて募集を打ちきったといったことが起こった。このように、企業にとっての採用環境は極めて良好な状況にあり、今日のような経済情勢にあっても、有望なビジネスがあり、優秀な人材が必要な企業にとっては、最高の状況にあるわけだ。
先般、ある会社の社長にたいへん参考になる話を伺った。この会社では、頻繁に人材の募集を行っているのだが、何と初任給から月額50万円を支給するという。そのような好条件からか、募集のたびに相当数の応募があるという。話を聞いて素晴らしい考え方だと感心した。たとえ高額の給与を支払っても、企業にとってはそれを上回るだけのリターンを残してくれる人材ならばそれで良いということだ。
筆者を含めて並の経営者は、人件費を極力抑えつつリターンだけ極大化しようとするから、結果的に大したリターンを得られないという結果に終わる。ところがこの会社では、企業とそこで働く人間とがお互い真剣にリスクを取り合うという関係を構築し、お互いにとって、より良い関係を築こうという意思をそこに感じた。もちろん、採用活動も真剣である。毎回100名以上の応募があるそうだが、結果として採用がゼロということも珍しくないという。ちなみに、この会社が年々業績を伸ばしていることは言うまでもない。
How to be different?(何が違うのか)
What not to do?(何をやらないか)
これは経営戦略の泰斗であるマイケル・ポーターが示した戦略の最も重要なエッセンスであるが、この会社では、他社と異なる考え方で人材を採用し、競合他社との同質の競争を避け差別化を果たしている。蛇足ながら同社では販売戦略もユニークで他社とは異なる戦略を採っている(ここでは人材についてだけしか触れないが)。
さて、このような人材に関する打ち手の違いで、企業の将来は大きく異なってくるわけだから、経営者はこと人材に関しては明確なスタンスを持つ必要があるように感じるわけである。そこで企業とりわけ中小・零細の企業にとって、人材とはいったいどういうものかについて乱暴な意見を提示したい。もちろん筆者は人事についての専門的な知識を有していないのだが、経験に照らし合わせて言えば、人間の能力は不動産のようなものだと考えている。つまり、まず土地にあたる部分、つまり本人のやる気、モチベーション、ポジティブな思考、勤勉さ、モラールの高さ、あるいは育った環境といった土台の部分があり、その上に建物の部分、つまりその人の持っている経験やスキル、技術、資格などの部分が乗っかっているというイメージだ。
経営者が気をつけなくてはならないのは採用する際に、往々にして後者だけが立派な人に目がくらむことである。いくら立派なキャリアを持っていても前者の土台がしっかりしていなければ、会社にとって有益な人材とはなり得ない。このような人は、転職を繰り返しているのが特長で、おそらくは何か逆境や問題が起こる度に会社や同僚のせいにして、自己を見つめ直すという作業を怠る。結果として転職して新天地を求めるという行動に出る。もちらん、チームで行うようなものではなく、ひとりで完結するような仕事であれば、チームワークやルールや、いわれのない逆境は用意されないわけだから、それはそれで構わないのだが。
いっぽうで土台の部分がしっかりしている人は、チームにとけ込み自らを変化させる努力を惜しまない人が多い。時に訪れる苦境にも、それがあたかも自らを成長させてくれる天からのプレゼントのように捉える習性すらある。このような人を見ていると、人間なんてどこで伸びるか分からないことを痛切に感じる。同時に教育とはこの土台づくりであって、建物づくりでないことにも思いが至る。横道に逸れるが、我が国の抱えた最大の問題は、政治改革でも景気低迷からの脱出でもなく、土台づくりを疎かにし、建物づくりに邁進した結果としての人的資源の毀損にあるといっても過言ではない。
若いうちに能力を開花させれば人生の一時期において優位な環境が提供されるだけで、それで逃げ切れるほど人生は甘くない。それは単なる「わな」であることに気付くかどうかを試されているわけだ。学びを得ることに喜びを感じ、つねにポジティブに物事を捉える人材の能力の開花させることこそ経営者の仕事だし、そのような人材との出会いが、頭でっかちになりがちな経営者を成長させる格好の教材となり得るのだと思う。
株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝