2025/01/01
社会
「新しい資本主義」とは、前首相の岸田文雄氏がその就任後に提唱したアイデアである。これは、「失われた20年」などと揶揄される我が国の従来型の資本主義の課題を克服し、経済成長と分配を両立させることを目指すもので、それはそれで画期的なものであったとわたしは思っている。
詳細な内容についてはここでは論じないが、その中での重要な取り組みとして「資産所得倍増プラン」というものがあった。2022年11月に「新しい資本主義実現会議」において決められたものだ。その理念には『我が国の家計金融資産の半分以上を占める現預金を投資に繋げることで、持続的な企業価値向上の恩恵が資産所得の拡大という形で家計にも及ぶ「成長と資産所得の好循環」を実現させる』とある。そして実際にこの理念のもとでNISA制度の拡充や恒久化をはじめとしたさまざまな施策が打たれている。
当時、これに呼応してわたしも本稿の中で所感を書いていた。いま読んでみても、当たらずとも遠からず「なかなかいい指摘だなあ」なんて自画自賛したくなる。ということで「資産所得倍増プラン」については、こちらをお読みいただくとして今回のテーマに移っていきたい。
「資産所得倍増プラン」は「資産半減プラン」でもある(2023年4月)
さて、この資産所得倍増プランの理念はたいそう重要なのでいま一度記しておこう。
我が国の家計金融資産の半分以上を占める現預金を投資に繋げることで、持続的な企業価値向上の恩恵が資産所得の拡大という形で家計にも及ぶ「成長と資産所得の好循環」を実現させる”
逆読みすればこういうことだ。つまり、NISAの拡充等の施策によって、せっかく家計金融資産の現預金を投資に向かわせることができても、持続的な企業価値向上(株価の上昇)が実現しなければ、その恩恵が資産所得の拡大という形で家計にも及ぶことはない。ということで、今回のテーマは「資産所得倍増プラン」についてではなく、それを実現するための「持続的な企業価値向上」としたい。
持続的な企業価値向上のためのメッセージや施策は政府からたびたび打ち出されているが、その中で話題を呼んだのが、東京証券取引所(東証)が2023年3月に公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」という提言である。ここには、国際データの比較を行ったうえで、我が国の上場企業が資本収益性つまり資本コストに対しての意識が希薄で、それらの向上に向けた取り組みが積極的に行われていないことを指摘している。これらが持続的な企業価値の向上の妨げとなっている認識から、資本コストを重視し株価に対する意識を改革することや、そのためのガバナンスの向上、投資家とのコミュニケーションや情報開示に向けた取り組みを行っていくように上場企業の経営サイドに要求したものである。これらの指摘は至極まっとうなもので、我が国の上場企業は、ROE(自己資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)等のパフォーマンス指標において欧米の企業と比較して大きな差があるのが実情である。そこで自社の資本コストや資本収益性を正確に把握し、その内容や市場評価について取締役会で分析・評価すること。その上で必要に応じて、改善に向けた計画を策定・開示し、投資家との対話を通じて取り組みを継続的に進めることを要求している。
前述のとおり、企業価値が持続的に向上しなくては、せっかく投資に向かいつつある家計金融資産からリターンは生み出されず、それが消費やさらなる投資に結びつくことはない。したがって東証の取り組みは冒頭で書いた「資産所得倍増プラン」と結びついていて、新しい資本主義を構成する大切な要素なのだ。企業価値(株価)の持続的な向上が投資からのリターンを生み出す。それらのリターンが消費やさらなる投資に回る。消費の活性化は企業収益の向上につながり、それが賃金の上昇を生みだす。賃金の上昇はさらなる消費の活性化を生み出し、税収も増える。大雑把だがこうした好循環を(適切な財政金融政策の下で)繰り返してきたのが米国である。遅まきながら我が国がこれを見習らって同じ道を進もうとしていることは、次々と打ち出されてくる政府の施策からもそれを明確に読み取ることができる。
「新しい資本主義」の実現に向けた一貫性のあるメッセージや施策は無論これだけではない。一例を挙げれば金融庁は純粋な投資以外の目的で保有するいわゆる政策保有株について、資本効率やコーポレートガバナンスの観点から縮減を求めている。2024年2月には不祥事を起こした大手損害保険会社に対して政策保有株の売却の要請を行った。だが、これは不祥事をなくすための対策という体を成しているが、実施には政策保有株を多く所有する金融機関をはじめとした巨大企業に対するメッセージであろう。経済産業省においては「持続的な企業価値向上に関する懇談会」を設立、提言を行っている。そこでは①企業価値に対する企業と投資家の認識のずれ ②長期視点の経営の重要性 ③経営チーム体制の強化 ④取締役会の実効性の強化 ⑤資本市場の活性化、という5つの課題を指摘していて、これらの克服に向けた取り組みが今後強化されるものと考えられる。同省では、「真摯な買収提案」を受けた取締役会に、買収の是非を真摯に検討するよう求めた「企業買収における行動指針」なんていうのも出していた。企業価値を高め、株主の利益になるM&Aはどんどん行われるべきとするもので、これも「新しい資本主義」の考えに沿ったものだろう。
このように、いまや政府自身が少し前までは忌み嫌っていた国内外のアクティビストの様相を呈しているのだ。そしてこれこそが、我が国が目指すべき資本主義の未来なのである。わたし自身は「新しい資本主義」を唱えて以降の一連の政府の宗旨替えに賛同するクチだ。自由主義、民主主義を推し進め国民の最大幸福の実現に向けては、いまのところこれが最善手なのであり、数十年来の米国の実験結果と、それによって拡大が止まらない日米格差がそれを如実に表していると思っている。
幸運にも我が国には世界に類をもないほどの巨大な家計金融資産がある。これを貯蓄から投資に向かわせ、いっぽうで企業側はこれまでの経営や統治に対する考えを180度転換させ、持続的な価値の向上に努める。そしてここから生み出される好循環によってこれまた持続的な経済成長を計ろうとする「新しい資本主義」への取り組みを強める政府を応援すると共に、国民としてまた経営者として自分ができることをしっかり行っていこうと考えている。ということで今回は「新しい資本主義」に向けた個人としての見解を書いてみた。次回は上場企業の経営者としての考えの転換や、やるべきことを我が国の「本格的なインフレ社会への対応」を含めて考察してみたい。
株式会社鎌倉新書
代表取締役会長CEO 清水祐孝