会長コラム“展望”

人が分断する時代

2016/11/30

社会

america_daitouryousen_man 番狂わせとはまさにこのことだ。アメリカの大統領選挙で泡沫候補と思われていたドナルド・トランプ氏が激しい戦いに勝利し、当選を果たしてしまった。これにはさすがにびっくりしたが、それは世界中同じで、驚きと同時に緊張感が走った。


日本の日中に行われていた開票作業では、トランプ優勢と報道されると株価は急落し、為替もドル安に振れた。ところが、当選が決まるとその日のアメリカの市場は一転して株高、ドル高に振れ、それにつられて翌日の日本も大幅な株高となった。


そして勢いはいまも続いたままだ。それまでは、トランプが大統領になってしまったらアメリカは政治も経済も滅茶苦茶になる、そしてその影響は日本を含め世界中の同盟国に広がってく、というのがコンセンサスだった。であれば株は下落する、為替はドル安になるはずなのに何故なのだろうか。


ヒラリー・クリントン候補と対比されている間は、「とんでもないことを言う奴だ」と思われていたわけだが、対比する相手がいなくなったことで、トランプ氏のビジネスマンとしての資質とか実績等の評価すべき側面に人々は関心を寄せるようになった。

そして、「もしかすると、もしかするぞ」と思うようになった。そんなことではないだろうか。そう考えると「移民を強制送還させる」「メキシコとの国境に壁を作って移民を入れさせなくする」「日本に米軍の駐留経費を負担させる」等々の選挙前の過激な発言、あるいは公約は、票を得るための戦術なのではないかと思えてくるわけだ。


もしかすると、トランプ氏は本当にアメリカを再度復活させる、賢明なリーダーと成り得るのではないか、と考える人が増えてきたのだろう。

それを裏付けるように当選後は過激な発言はなりを潜めていて、オバマ大統領との会談も友好ムードで行われているほか、メキシコや中国、日本などに対する選挙前のような発言は全く行なっていない。


今後、就任が近づくにつれ、あるいは就任後に以前のような姿勢に戻ってしまうのかも知れないが、そのあたりは時間が経てばはっきりしてくるのだろう。


さて、このようなポピュリスト的(?)な人物がなぜアメリカのリーダーにまで上り詰めることになったのか、このことはこれからのわたしたちの社会がどうなっていくのかを想像するのにとても大切なことだ思うので思いつくところを記しておきたい。

わたしが大学を卒業して社会人になったのがちょうど30年前のこと。その頃の会社はオフィスの机に各人のコンピューターなんてなかったし、請求書なんかの帳票類もほとんどが手書きのものだった。当然そんな時代には、今に比べて事務に時間がかかるからそういった仕事には数多くの人手が必要だった。しかし時が経ち、ITに代表されるようにテクノロジーが進化すると、それまで人間が手作業でやっていた仕事をコンピューターがどんどん代替していく。つまり同じ仕事をこなすのに必要な人は少なくて済むようになってくる。オフィスで働くホワイトカラーだけではない。工場で働くブルーカラーも同様だ。ロボット化が進むと工場の生産ラインからも人が減っていく。自動化が進む工場では人が一人しかいないなんてところもある。こうして単純労働は、かなりの部分が機械に置き換わってしまった。つまり機械に仕事を奪われてしまったのだ。


次に、人手が必要な仕事であっても経済のグローバル化や物流網、通信網などのインフラが整うと、何も人件費の高い国でやることはないということになる。かくして、アジアやアフリカなど人件費の安い国に工場が作られたり、コールセンターが置かれたりするようになる。その結果、アメリカや西ヨーロッパ、日本などの先進国の工場やオフィスは縮小や閉鎖に追い込まれる。そして単純労働に従事する先進国の人々の人件費は、ロボットのコストや発展途上国の人件費に近づいていく。受け入れられなければ失業が待っているだけなのだ。


このようにテクノロジーの進化や経済のグローバル化は、知識労働者に富を集中させ、単純労働者から富を奪っていくという結果を生んだ。しかし、いくら知識労働者に富が集中しても、民主主義の社会は1人の人間は等しい権利を持つことによって成り立っている。投票権は1人に1票だ。絶対数では単純労働に従事する人のほうが圧倒的に多いわけだから、「移民やNAFTA、TPPなどの自由貿易の枠組みがあなたたちの仕事を奪っている」と訴えるポピュリストのお出ましとなる。これは、先だってのイギリスのEU離脱(ブレグジット)も同様の状況であると理解できる。


トランプ大統領が選挙に勝つための戦術としてポピュリストを振る舞ったのであれば、今後もこのような手口を真似る候補者は世界中のあちらこちらで現れてくるだろう。人間が知識の有無で分断されてしまった社会を人類はどう克服しているのか、深刻で大きな問題だと思ってしまう。

株式会社 鎌倉新書
代表取締役社長 清水 祐孝